【寄稿】 表紙写真 ー タラヨウと情報 ー
中田真一(F-S53)
Website表紙写真 タラヨウ(多羅葉)の葉 (2019.6.23新宿御苑にて撮影)
1.「葉書」 の語源由来のタラヨウ(多羅葉)
人間は紙を発明する前は、様々な媒体に文字を記録していた。バビロニアの粘土板、エジプトのパピルス、木簡、羊皮紙などがよく知られているが、インドではヤシ科のタラジュ(多羅樹)の葉の裏面に竹筆や鉄筆のようなもので文字を書いていたといわれる。タラジュは、別名、オウギヤシ(扇椰子、学名Borassus flabellifer)とも呼ばれ、経典は当時、このタラジュに記録された。このことから、経(典)のことをサンスクリット語でスータラ(修多羅)といわれる。余談であるが、クレージーキャッツのメンバーであった、植木等(父は浄土真宗大谷派僧侶:反戦活動で投獄)の大ヒット曲 “スーダラ節” の由来はこの 「スータラ(修多羅)」 である。
このタラジュの葉のことをサンスクリット語でパトラ(pattra: 木の葉の意味)と呼び、それを音写した中国語では 「貝多羅」 と表記したといわれている。そして、日本ではこの文字媒体のことを 「ばいたら」 あるいは 「ばいたらよう(貝多羅葉)」、または単に 「ばいよう(貝葉)」 と呼んだ。タラヨウの名称は、文字を記録できるという性質が貝多羅葉に似ていることに由来する。
別説もあるが、このタラヨウは、「葉書」 の語源にもなったといわれる。平成9年に、郵政省(当時)はタラヨウを 「郵便局の木」 に制定し、その後、各地の郵便局が、局のイメージツリーとして植樹を行った。秋田市の秋田中央郵便局脇にも植えられている。現在もこのタラヨウの葉は、定形外郵便として送ることができることは、以外と知られていない。写真1は、タラヨウの葉の裏面とそれに記載した文字である。(色つきのペンで書いたわけでなく)爪楊枝でなぞった跡が変色(酸化)して黒くなりかけている。
写真1 タラヨウの葉の裏に書いた文字
2.タラヨウの植物としての特徴
タラヨウ(Ilex latifolia Thunb)はモチノキ科(Aquifoliaceae)の10m程の常緑高木で暖地の山中に自生し、また庭園や寺社の境内などに庭木としてよく植えられる。革質の長さ20cmにもなる長楕円形の光沢のある葉をもち、また雌雄異株で、春には、葉腋に緑黄色の小花を密生させる。また雌株には晩秋から初冬にかけて赤い実がクラスターのようにつく(→ 写真2)。材は細工物としても利用されている。ちなみにタラヨウは、1月14日の誕生花である。そしてその花言葉が 「伝える」 であることには誰もが納得するだろう。
写真2 秋に実るタラヨウの実
http://www.tcp-ip.or.jp/~jswc3242/mamechishiki/mame57hagakinoki.html より
3.タラヨウの薬効成分などについて
モチノキ科植物にはイリドイド配糖体を含むものが多く、その生理作用が最近注目されている (菊地正雄, 東北薬科大研究誌, 55, pp.23-31(2008)など)。イリドイド(下図)は簡単なモノテルペン誘導体(炭素数10個)であるが、酸化され易い化学構造(下図・右)をもち、抗酸化作用を有する物質である。フリーラジカル消去活性、細胞障害防御作用があることから、抗がん作用、抗炎症作用、抗菌作用などが期待されている。
モチノキ科植物に含まれるイリドリド(右が酸化後)の化学構造
また、“タラヨウの当年葉および古葉中のカフェ酸誘導体の含量の季節変動” と題した興味深い学術論文がある (翠川美穂, 亀山眞由美, 永田忠博, 日本食生活学会誌,20, (4), pp.306-312 (2010))。
さらに、タラヨウの若葉は茶の代用にもなり、苦丁茶の原料として用いられる。その生薬名を 「クテイシャ」 と記してある文献もある。効能として、“頭痛、歯痛、難聴、眼の充血などに良” と記されている。さらに、“虚血性疾患、退行性脳疾患の予防と治療にタラヨウの抽出物が良い” との特許も出されている。
4.モチノキについて
タラヨウは、モチノキ科であるが、モチノキは、クロガネモチ、セイヨウヒイラギなどと合わせ、鳥もち(鳥を捕獲するための粘着剤)の原料になる。これらの植物には高級脂肪酸エステルとα-アミリンなどテルペノイド成分が多いので、樹皮を水に晒し、不溶成分を集めると強粘着性の物質が得られ、鳥もちの原料に適している。
5.タラヨウと情報
さて、本稿の(少し長い)エピローグである。我々は、様々な紙媒体や電子媒体を通して 「情報」 に触れる機会を享受している。とりわけ電子媒体は、情報の世界中への瞬時の拡散と収集を可能にしている。一方で、その操作や悪用が、国際問題や社会問題となっている事例については枚挙にいとまがない。情報の真価ないし付加価値にもう少し目を向けてみたいものである。
島根大学附属図書館報 「松風」 第63号(2000年12月)に、東北大学附属図書館事務部長(当時)の済賀宣昭氏による学術講演会 「情報基盤整備と図書館」 の抄録記事が紹介されている。記事の冒頭に、「情報基盤とは、情報の蓄積(stock)と流通(flow)に加えて、情報の統治(information governance)を組織的に行うベースとなるものであり・・・(後略)」 とある。また記事の中で、「情報基盤による知識創造循環の形成」 の項において、政治学者・思想家の丸山真男著 「 『文明論之概略』 を読む(中) 」 を引用して、この 『文明論之概略』 の著者である福沢諭吉の 「知恵」 の構造的解釈についての分析、現代の情報社会の問題性が情報最大・叡智最小の形をなしていることとの指摘に触れている。
さらに済賀氏の一文の紹介を続けると、「ここで 『情報』 とは、無限に細分化され得るもので、真偽が一意的に決まるものである。情報に付加価値が加えられて、“情報→知識→知性→叡智” と昇華されて行く中で、知識とは知性と叡智を土台に情報を組み合わせたものであり、知性とは理性的な知の働き、叡智とは庶民の知恵とか生活の知恵とか言われるものに近いものとしている。」 とある。
筆者は、この “情報 → 知識 → 知性 → 叡智” の係わりについて興味を引かれ、「 『文明論之概略』 を読む(中) 」(岩波新書1986.2.20刊)を読んでみた。その中で丸山真男は 「今日の情報社会の問題は、知恵の構造が底辺に叡智(wisdom)があり、原点に情報(information)がくる逆三角形の情報最大・叡智最小の形をなしていて、叡智と知性(intelligence)が知識(knowledge)によって代えられ、知識がますます情報によって代えられようとしていることだ」 と述べている。
wisdom Ι intelligence Ι knowledge Ι Information
|
叡智 Ι 知性 Ι 知識 Ι 情報
|
今日のIT技術の目覚ましい発展は、情報の 「量」 と 「伝達の速度」 ともにその進展には目を見張るものがある。とりわけ、災害時や緊急時の情報伝達には大きな寄与や波及効果があり、われわれはそれを大いに享受している。
しかし、35年前に丸山真男が、そしてさらに1世紀遡って福沢諭吉が “情報 → 知識 → 知性 → 叡智” の関係について触れているのは、例えば 「情報を得たことで、知識が身についた、あるいは自分が賢くなった」 と勘違いすることに危惧を抱いている、ないしは警鐘を鳴らしていたのではないかと思う。
今、人々は、歩いているときも、電車の中でも、一家で食事中も、スマホや携帯を片時も離さず、(利便性や必要性の問題は一旦置いておくとして) ラインやツイッター、電子メール、Websiteなどで新しい情報や伝言を中毒のように受発信し続けている。一方、戦国時代、当時 「紙」 は存在したわけであるが、あえてタラヨウに伝言を認(したため)めて必要な情報を巧みに伝達した武将もいたという。単純な比較は勿論できないが、福沢諭吉や丸山真男は、果たしてどちらが “叡智” である、あるいはそれに近づいていると判断するだろうか。
謝辞
本稿執筆にあたり、タラヨウについて、北光会員の佐藤寛次博士(XB-H21:秋田大学大学院工学資源学研究科機能物質工学専攻環境応用化学講座平成20年度修了)および野村正幸博士(XB-H14:同鉱山学研究科機能物質工学専攻分子化学工学講座(大学院博士後期課程)平成14年度修了)から貴重な情報提供とご教示をいただきました。ここに謝意を表します。■